|特殊メイクの歴史①
映画やドラマで見る、老人の顔、怪物、傷、異形のキャラクター。
現在では、フォームラテックスやシリコーン、ゼラチン、アプライエンスなど、さまざまな材料や技術を使って「別の顔」を作ることができます。
しかし、こうした材料や技術が最初から存在していたわけではありません。
では、特殊メイクはどこから始まったのでしょうか?
実は「特殊メイクの始まり」を、ある一人の人物や、ある一本の映画だけに決めることは簡単ではありません。
その背景には、映画よりも前から存在していた舞台メイク、舞台照明、演劇、手品や舞台装置、そして化粧材料の発展があります。
そして映画という新しい表現が登場したことで、
「人の顔を化粧する」から、「人の顔そのものを作る」
という方向へ、少しずつ技術が変化していきました。
1.映画より前に、「顔を変える」必要があった

特殊メイクの歴史を考えるとき、いきなり映画から始めるよりも、その前にあった舞台を見る必要があります。
19世紀の演劇では、観客席から舞台上の役者の表情を認識できるように、通常よりもはっきりと顔を作る必要がありました。
さらに、当時の舞台照明は現在の照明とは大きく異なります。
ガス灯やライムライトなどの舞台照明の下では、普段の化粧とは違った見え方になります。
つまり舞台では、
「実際の顔をどう見せるか」
という問題が、すでに存在していたのです。
これは現在の特殊メイクにもつながる重要な考え方です。
特殊メイクでは、材料そのものだけを見るのではなく、
- どのような照明なのか
- どの距離から見られるのか
- どのように動くのか
- どこまでリアルに見せる必要があるのか
といった「使用される環境」が非常に重要になります。
この考え方は、現在の特殊メイク材料を選ぶときにも変わりません。
2.映画という新しい環境が生まれた
19世紀末になると、映画という新しい表現が登場します。
映画の初期には、舞台で使われていたさまざまな技術が取り入れられました。
その代表的な人物の一人が、フランスの映画監督・映画製作者であるジョルジュ・メリエスです。

Georges Méliès
メリエスはもともと舞台や手品の世界に関わっており、映画においても、舞台で培われたトリックや演出を積極的に取り入れました。
映画は、舞台とは違う問題を生み出しました。
カメラを通して顔を見るため、観客が直接舞台を見る場合とは違います。
さらに撮影では、
- カメラとの距離
- レンズ
- 照明
- フィルムの感度
- 白黒・カラー
- 撮影時間
- クローズアップ
などによって、メイクの見え方が大きく変わります。
つまり映画が発展するにつれて、
「舞台で見える化粧」ではなく、「カメラにどう映るか」
を考える必要が出てきました。
3.映画は「化粧材料」そのものも変えていった
映画用メイクの発展を語るうえで重要な人物の一人が、マックス・ファクターです。

Max Factor
当時使われていた舞台用のグリースペイントは、映画撮影には必ずしも適していませんでした。
強い照明の下では厚く見えたり、長時間の撮影では扱いにくかったりするなど、映画という新しい環境に合わせた材料が必要になりました。
そこでマックス・ファクターは、映画撮影に適したメイク材料の開発を進め、1914年には「Flexible Greasepaint」を発表しています。
ここで重要なのは、
「新しい材料が生まれたのは、古い材料が単純に悪かったからではない」
ということです。
環境が変わったから、求められる性能も変わった。
これは、特殊メイク材料の歴史を理解するうえで非常に重要なポイントです。
4.「顔に描く」だけではなく、「顔そのものを作る」
映画の発展とともに、さらに面白い変化が起こります。
それまでのメイクは、基本的には「自分の顔を別人に見せる」ものでした。
しかし、映画ではそれだけでは足りないキャラクターが登場します。
その代表的な人物として知られているのが、ロン・チェイニーです。

Lon Chaney
チェイニーは、自分自身のメイクを研究し、ワックス、綿、コロジオン、義歯、グリースペイントなど、さまざまな材料を組み合わせてキャラクターを作りました。
彼の有名な役の一つが、1923年の映画『ノートルダムのせむし男』のカジモドです。
ここで注目したいのは、単純に「化粧が上手かった」ということではありません。
材料を組み合わせ、
顔の形そのものを変える
という発想です。
実際、ロン・チェイニーに関連するメイク道具や造形物の資料も現在まで残されています。
ロン・チェイニーのメイク道具を持つ写真(Wikimedia Commons)
この時代には、現在のようなシリコーン製アプライエンスも、フォームラテックスもありません。
それでも、
「どうすれば人間の顔を別の形にできるのか?」
という問題に対して、当時手に入る材料を組み合わせて答えを出していたのです。
5.特殊メイクは「一つの材料」で作られていたわけではない
ここは、現在の特殊メイクを考えるうえでも非常に重要な部分です。
昔の特殊メイクを見ると、
「この材料が発明されて、次にこの材料が発明された」
という一直線の歴史に見えてしまいます。
しかし、実際にはもっと複雑です。
ワックス、パテ、綿、接着剤、コロジオン、ラテックス、ゼラチンなど、さまざまな材料がそれぞれの目的で使われてきました。
つまり、
新しい材料が登場したから、古い材料がすべて消えたわけではありません。
それぞれの材料に、
- 柔らかさ
- 強度
- 透明感
- 軽さ
- 加工性
- 耐久性
- 動きへの追従性
- 仕上がり
などの違いがあるからです。
この考え方は、現在の特殊メイクでも同じです。
「どの材料が一番優れているのか?」
ではなく、
「今回の目的には、どの材料が適しているのか?」
と考える必要があります。
6.ピアースが作った「キャラクターの顔」
1930年代になると、映画のモンスター表現はさらに発展していきます。
その代表的な人物が、ユニバーサル映画で活躍した**ジャック・ピアース(Jack Pierce)**です。
特に有名なのが、1931年の『フランケンシュタイン』。
ボリス・カーロフが演じた怪物の顔は、単に顔へ色を塗って作られたものではありません。
骨格、頭部の形、傷、皮膚の見え方などを考えながら、「その人物がどのような存在なのか」を顔そのものに作り込んでいきました。
ここで、特殊メイクはさらに大きく変わります。
それは、
「存在しない顔を、人間の顔の上に作る」
という考え方です。
――――――
メイクをする前に、「身体」を研究する
ピアースの仕事を理解するうえで重要なのは、完成したメイクだけではありません。
彼は、キャラクターを作るために人間の身体そのものを研究していました。
医学書を調べ、医師やインターンから話を聞き、病院を訪れ、手術に関する写真なども参考にしていたとされています。
つまり、
「老人なら、シワを増やせばいい」
「怪物なら、傷を描けばいい」
という単純な発想ではありません。
人間の身体が、実際にはどのように変化するのか。
そこから逆算して、顔や身体を作っていく。
これは、現在の特殊メイクにも通じる非常に重要な考え方です。
――――――
顔だけを作っても、人間には見えない
そして、ピアースが見ていたのは顔だけではありませんでした。
姿勢、手、表情、身体の動きまで含めて、その人物を考える。
例えば老人を作る場合、顔だけを老けさせても、手や身体の動きが若ければ、どこか不自然に見えてしまいます。
だからこそ、
「老人の手」を作るのではなく、「その人物がどんな人生を送ってきたのかが見える手」を作る。
そう考えると、特殊メイクは単に「見た目を変える技術」ではなくなります。
顔、手、身体、姿勢、動き。
それらを組み合わせて、一人の人物として成立させる技術になっていくのです。
――――――
「怪物の顔」ではなく、「キャラクター」を作る
『フランケンシュタイン』のメイクも、単に「怖い顔」を作ることが目的だったわけではありません。
どのような骨格なのか。
どのような傷を負っているのか。
どのような身体を持っているのか。
そして、その人物がスクリーンの中でどのように存在するのか。
そうした要素を積み重ねて、「フランケンシュタインの怪物」というキャラクターを成立させていきます。
ここに、現代の特殊メイクにもつながる重要な考え方があります。
特殊メイクは、顔を「変える」だけではない。
その人物が存在しているように見えるところまで、身体を設計する。
この発想が進むことで、特殊メイクは単なる化粧から、造形を伴う「キャラクター制作」へと発展していきました。
7.しかし、ここには大きな問題があった
ここまで読むと、
「それなら、顔に材料を盛り付けて作れば何でもできるのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、実際にはそう簡単ではありません
顔に直接材料を盛り付けて作る方法には、いくつもの問題がありました。

例えば、
- 毎回同じ形に作ることが難しい
- 制作に時間がかかる
- 撮影現場での作業時間が増える
- 大きな造形になるほど作業が難しい
- 俳優の表情や動きを妨げる可能性がある
- 同じキャラクターを何度も再現することが難しい
映画では、同じキャラクターを何度も、同じように再現しなければなりません。
しかも、撮影は一度で終わるとは限りません。
撮影日が変わっても、シーンが変わっても、カメラの位置が変わっても、キャラクターの顔が同じである必要があります。
そこで、次のような発想が生まれてきます。
「撮影現場で一から作るのではなく、別の場所で先に作っておき、現場では取り付ければいいのではないか?」
この考え方は、特殊メイクの歴史において非常に大きな意味を持ちます。
「顔に作る」から「作ったものを貼る」へ
ここまでの流れを整理してみましょう。
舞台では、
遠くからでも顔を見せるためのメイク
が必要でした。
映画が登場すると、
カメラにどう映るのか
が重要になります。
そして映画のキャラクターが複雑になると、
顔に直接描く・盛るだけではなく、顔そのものを造形する
必要が出てきました。
さらに制作現場の要求が高まると、
「先に作っておいたものを、必要なときに顔へ取り付ける」
という考え方につながっていきます。

これが、現在の特殊メイクで使われるアプライエンスへとつながる大きな流れの一つです。
ただし、ここでも、
「ある日突然、アプライエンスが発明された」
という単純な話ではありません。
ラテックス、ゼラチン、ゴムなど、さまざまな材料と加工技術が発展し、それぞれの長所を利用しながら、少しずつ「貼るための造形物」が発達していきました。
特殊メイクの歴史は、「新しい材料が古い材料を次々に追い越していった歴史」ではありません。
「何を作りたいのか」「どのような環境で使うのか」という要求に合わせて、材料と技術の選択肢が増えていった歴史でもあります。
この先に登場するゼラチン、ラテックス、フォームラテックス、そしてシリコーンも、それぞれが異なる問題を解決するために使われていくことになります。
まとめ
特殊メイクの歴史を、
「昔はラテックス、次にゼラチン、そしてシリコーン」
という単純な材料の年表として見ると、本当の面白さを見失ってしまいます。
むしろ重要なのは、
新しい表現が生まれるたびに、新しい問題が生まれ、その問題を解決するために材料と技術が進化してきた
ということです。
舞台から映画へ。
直接顔に作る方法から、あらかじめ作ったものを取り付ける方法へ。
そして、その先にはゼラチン、ラテックス、フォームラテックス、シリコーンなど、さまざまな材料が登場してきます。
では、
なぜゼラチンやラテックスが使われるようになったのでしょうか?
そして、
「顔に直接作る」のではなく、「あらかじめ作って貼る」ためには、どんな材料が必要だったのでしょうか?
次回は、そこからさらに一歩進んで、
「貼る」ための材料は、なぜ生まれたのか?
― ゼラチン、ラテックス、そしてアプライエンスの始まり
を掘り下げていきます。
